「520円になります―30円のお釣です」
支払いを済ませ店を出る。と、クイクイと俺の裾を笑顔で引っぱる奴がいた。
「ん、どうした?」
「肉まん」
本当にこいつは肉まん目当てで来たんだな。だったらおまえが肉まんになっちゃえ。とは口に出さず、
「わかったよ」
諦めたと言うより、ハナから買ってやるつもりではいた。ただ、言動でのマイナス点が多かったら完全に無視するつもりでもいた。
「にっくまん、にっくまん…あ、ピロの分も…」
「どうせおまえが食うんだろ」
「そんなことないもん」
図々しい台詞をかわしながらいつもの、屋台のある場所へと向かった。
「お、今日は休みか。残念だなぁ」
白々しく俺。
「どこが休みなの、ちゃんとやってるじゃない」
冗談のわからない奴だ。
「オジサン、肉まん5個ちょうだい」
て、あいつ何勝手に注文してんだよ。
「こら、そんなにいらないだろ。えっと3つでいいです」
「えー」
「えー、じゃない。まったく油断も隙もない」
ということで肉まん3個を、俺が受け取る。直後、横からその袋に向かって手が伸びてくる。
「こら」
ピシッ
「痛っ」
ナイス反応でその手を打ち落とす。
「我慢ってもんができないのかおまえは」
「いいじゃない1つくらい」
「1つくらいってな…」
「祐一のケチ」
何かにつけてケチ呼ばわりか。真琴の図々しさよりはマシだろ。
と、俺は妙な提案をしてみた。
「なぁ、真琴」
「…なに」
何でふてくされてるんだよ。
「ちょっと寄り道しないか。まだ日もあるしさ」
今は夏と秋が入れ替わる時期で、夕方にさしかかる時間はまだ日が出ている。
「寄り道?」
「そうだ。寄り道だ」
以前知り合いの少女に教えてもらった公園だ。自発的に行くようなところではなかったので真琴を理由に行ってみようかなと思った。
「ちょっとここからあるんだけどな」
「えぇ…」
「えぇじゃない。少しは歩いた方がいいんだ」
訳のわからないことを言いつつ嫌がる真琴の手を引き目的地へと向かった。
「うわ、こんなところあったんだ」
「どうだ、驚いたか」
小綺麗な公園でいかにもデートスポットという感じだが、ほとんど人気(ひとけ)がないのが残念なところ。中央の噴水がポイントだ。
「たまにはいいだろ、こういう所も」
「…」
ぽけーと辺りを見まわす真琴。少しは少女の心が戻ってきたかな。
「…ゆういち」
「おう、どうした」
…
「肉まん」
「くれてやるよ!」
ペシッ
「あぅ」
俺の投げつけた肉まんが真琴の顔面にヒットした。落ちる寸前慌てて両手で、というより両腕でなんとか肉まんを確保する。
「なにするのよぉ!」
「うるさい。俺の美しい空想を壊した制裁だ」
「なによ、それ」
不満の怒りを肉まんにぶつけパクつく真琴。
「あつっ…でも、おいしぃ」
なんかうっとりしてるぞ。
「真琴ぉ、こっち来て座れよ」
俺はベンチに座りながら真琴を呼んだ。ベンチはあまり汚れていなく、辺りを見ても掃除は行き届いているみたいだ。
「うん」
頷くと真琴は素直にこちらに来る。嫌だとか言うと思ったんだけど…
俺の隣にちょこんと座り肉まんを食べ始める。
本当に人がいない。遠目には見えるんだけどな。たまたま今日この時間だけいないのか。
「どうしたの、祐一は食べないの?あ、だったら真琴が…」
「こら、まったくおまえは」
真琴の手を振り払い自分の分を袋から取り出す。
「俺はな、こう、ちょっとたそがれてだな、1つ溜息をついてさあいただこうかなと、ちゃんと手順を踏んでいるんだ」
「たそがれて…?」
「おまえにはまだわからねぇよ、この高尚な行動は」
「こうしょう?別にいいもん、わかんなくたって」
ぷいっと俺に背を向ける。
しばらくするとまたこちらに顔を向ける。
「あと1つ残ってるでしょ」
何かと思えば催促かよ。
「あぁ、うまかったけど」
「…え?まさか祐一、真琴の肉まん食べちゃったの!」
「誰がおまえのだ。あれは俺が買ったんだ」
「ちょっと見せて!」
と、俺の手から袋をふんだくる。
「あ、こら」
「あ!あるじゃない!祐一ウソついた!」
「たく、強引な奴だな」
「ウソつくのが悪いんじゃない」
「ほんのジョークだろ」
「言っていいことと悪いことがある」
「むしろ言っても差し障りはないだろ、て、おい、一人で食う気か」
「当たり前じゃない」
「どこにそんな当たり前がある」
俺は真琴の行動を阻止すべく手を伸ばした。
「あ!」
真琴が口をつける前に無事救出。俺はその肉まんを半分に割って片方を真琴に渡す。
「あぅ」
真琴は俺と肉まんを交互に見る。
「何だよ、不満か」
「…別に」
と言ってまた俺に背を向ける。
まあ、たしかに真琴の場合肉まんがかかってたら洒落にはならないだろうな。だけど極端なんだよな、加減を知らないというか。
「そんなこそこそ食うこたないだろ」
と哀愁の背中を突つく。
「いいの」
「いいってな、おい」
「ピロも連れてくれば良かった。祐一とじゃつまらない」
悪かったな、つまらなくて。
「すねるなって。さっきは悪かった、謝るよ」
「…許さない」
「え?」
急に真琴は俺の方に振り返り、
「絶対に許さないから」
と、静かに言い放った。
「なんだよ、それ」
「食べ物の恨みは恐ろしいって言うでしょ」
と、人差し指を突きつける。が、そこで怯(ひる)む俺ではない。
「言うけど、おまえも食っただろ」
「う、細かいことはいいのよ」
細かくない。一番大事なところじゃないか。
「ふふん。でも、真琴はやさしいから言うこと聞いてくれたら許してあげてもいいけど?」
なんだこの挑戦的な態度は。それに誰がやさしいだって。
「あのね、真琴疲れちゃったから家までおぶってって」
どうやら勝手に話が進んでいるみたいだ。が、
「せっかくだけど、辞退させてもらうわ」
「え、どうして」
動揺する真琴。
「別におまえに許してもらう筋合いはないんでね」
「そんなぁ」
「おまえのつまらん企みに乗るような祐一さまではないぞ」
真琴の額を人差し指ではじくと、真琴は「あぅ」と両手で額を覆う。
その真琴に俺は背を向けてかがむ。
「さ、帰るぞ。乗ってけ」
「え?」
こう見えて俺は結構やさしいのだ。
「重量オーバーだったら降ろす…落すからな」
「…いいの?」
真琴は珍しく遠慮がちに聞いてくる。
「気が変わらないうちにな」
慌てて真琴は俺の背中にしがみつく。
「んじゃ、行くぞ」
「わっ」
「ちゃんとつかまってろよ」
「…うん」
さて、できるだけ人目につかないように帰らなくては。て、無理か。
「それにしてもおんぶって、ガキだなおまえ」
「いいでしょ」
またつまらないやり取りで言い合いになったが、商店街に入って寝息を立てる前に真琴が言った「祐一の背中、あったかいなぁ」の一言が妙に嬉しかった。
それなりにかわいいところもあるんだよな。
まあ、家に着けばまたいつものように傍若無人に暴れるんだろうけど。
俺はそんな真琴の重みを感じながら名雪と秋子さんが待つ水瀬家へと向かった。
「ちょっとしたことだけど」完
2004/08/19-20制作
(c)1999 Key - Kanon